地球の食卓、路地裏から

ペナン路地裏で溶け込む至福の甘さ チェンドル体験記

Tags: ペナン島, チェンドル, ストリートフード, マレーシア, アジアンスイーツ, 旅

蒸し暑い午後に誘われた路地裏の甘い誘惑

マレーシア、ペナン島。ジョージタウンの古い街並みを歩いていると、熱帯特有の湿った空気が肌にまとわりつきます。太陽は高く昇り、活気あふれる通りも午後の日差しを受けて少し静けさを帯び始めていました。こんな時、旅人の体は自然と冷たいものを求め始めます。ガイドブックに載っている有名店も良いですが、私の足は決まって、地元の人々が集まる喧騒の先に向けられます。

この日も、私は雑踏から一本外れた小さな路地へと足を踏み入れました。そこは、色褪せた壁のショップハウスが並び、漂うスパイスの香りと、時折聞こえる話し声だけが空間を満たしています。そんな静かな路地の一角から、かすかに氷を削るような音と、甘く香ばしい匂いが漂ってくることに気づきました。それが、今回の目的地でした。

五感で味わう、一杯のチェンドル

匂いの元をたどると、そこには小さな屋台が立っていました。真新しいとは言えないけれど清潔に保たれた屋台の周りには、既に数人の地元の人々が、手にしたカップの中身に夢中になっています。彼らが口にしているのは、どうやらデザートのようです。屋台の看板には「Cendol」と書かれていました。チェンドル。名前は知っていましたが、実際にこの場所で、この雰囲気の中で目にするのは初めてでした。

屋台の前に立つと、改めてその光景が目に飛び込んできます。大きな桶には、鮮やかな緑色の細長いゼリー状のもの、白いココナッツミルク、そして茶色くとろりとしたシロップが並べられています。注文すると、手際の良い店主がカップにまず緑色のゼリーを入れ、その上からたっぷりのココナッツミルク、そしてパームシュガーから作られたグラメラカシロップを注ぎます。最後に、専用の道具で豪快に削り出された氷が山盛りに乗せられ、さらにその上にホクホクに煮込まれた小豆がトッピングされました。

受け取ったチェンドルは、まさに見た目も鮮やかです。エメラルドグリーンのゼリー、雪のように白いココナッツミルク、琥珀色のシロップ、そして深紅の小豆のコントラストが、既に食欲をそそります。立ち止まって、路地裏のわずかな日陰で一口運んでみました。

まず舌に触れるのは、シャリシャリとした冷たい氷の感触。その次に、濃厚でクリーミーなココナッツミルクのコクと、グラメラカシロップの深みのある甘さが広がります。人工的な甘さではなく、どこかキャラメルのような、豊かな風味が感じられます。そして、つるりとした緑色のゼリーが喉越しを爽やかにしてくれます。この緑色のゼリーは、米粉やタピオカ粉にパンダンリーフで色と香りをつけたもので、独特の風味と食感があります。最後に、トッピングの小豆が優しい甘さとホクホクとした食感を添え、全体のバランスを完成させていました。

周囲には、私と同じようにチェンドルを楽しむ人々がいます。皆、黙々と、しかしどこか満ち足りた表情でカップを傾けていました。聞こえてくるのは、屋台で氷を削る音、遠くの通りの喧騒、そして時折響く地元の人々の笑い声だけです。この一杯のチェンドルが、暑さを忘れさせ、この路地裏の日常に溶け込ませてくれるかのようでした。

チェンドルにまつわる実用的な情報

私がいただいたチェンドルは、ペナン島のジョージタウン中心部、特にテオチェウ・チェンドルで有名な通りやその周辺の路地裏で見つけることができます。私が訪れた屋台は、Lebuh Keng Kwee(建群路)という通りから一本入ったところにありました。

チェンドルは、シンガポールやインドネシアなど、東南アジアの様々な地域で食べられていますが、地域によって材料やトッピングが異なります。ペナン島のチェンドルは、濃厚なココナッツミルクと質の高いグラメラカシロップが特徴と言われています。

路地裏の甘さが教えてくれたこと

一杯のチェンドルを味わい終える頃には、体の火照りはすっかり収まり、心も満たされていました。それは単にデザートを食べたというだけでなく、この路地裏の雰囲気、地元の人々の日常、そして一杯のデザートに込められた知恵(暑さをしのぐための工夫)に触れた体験そのものが、旅の喜びであったからです。

ガイドブックには大きく取り上げられないかもしれません。しかし、こうした街角の小さな屋台にこそ、その土地の食文化の真髄があり、人々の暮らしが息づいています。ペナン島の蒸し暑い午後、路地裏で出会った一杯のチェンドルは、そんな当たり前の、しかし大切なことを私に改めて教えてくれました。

もしあなたがペナン島を訪れる機会があれば、ぜひ有名な観光地だけでなく、一本裏の路地にも足を踏み入れてみてください。もしかしたら、そこで思いがけない美味しい出会いが、あなたを待っているかもしれません。そして、その時はぜひ、このひんやりと甘い一杯を試してみてください。きっと、旅の記憶に深く刻まれる体験となるはずです。